アメリカ家族農業の歴史と今日的意義(1)-「家族農業の運命」を中心に(2011発表)-

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1、はじめに

アメリカで見直される小規模農場-「行動の時」の背景と意義(2001年発表)

そこでは、1998年にアメリカ農務省の小規模農場に関する委員会が提出した

「行動の時」というレポートの背景と意義について考察したが、

その歴史的背景については、十分な検討ができなかった。

 

レポート「行動の時」は、公民権運動の指導者マーチン・ルーサー・キング・ジュニア牧師と

独立自営農民ヨーマンをアメリカ民主主義の基礎であると提唱した

第3代大統領トーマス・ ジェファーソンに捧げられている。

 

キング牧師については、日本でも比較的よく知られている。

「行動の時」では、黒人をはじめ、アメリカ先住民、アジア人などの

少数民族出身者のアメリカ農業に対する貢献を再認識することが宣言されていることから、

本レポートが彼に捧げられたものと考えられる。

 

一方、ジェファーソンと家族農業の関係について日本語で解説したものは、あまり見当たらない。

これについて筆者は最近アメリカにおける家族農業の歴史と今後に関する本

Ronald Jager 著“The Fate of Family Farming-Variations on an American Idea”

2004. University Press of New England.

ロナルド・ジェーガー著「家族農業の運命:アメリカ理想の変化」を読み、

その詳細について学ぶ機会を得た。

 

ジェーガーは元イェール大学の哲学の教授で、

アメリカミシガン州の家族農場に生まれ育った。

本書は、アメリカの家族農業の歴史はもとより、

家族農業とキリスト教、アグラリアニズム、持続的農業などとの関わり、

20世紀中期以降いかにして家族農業が崩壊したか、

などについて興味深い記述を多く含んでいた。

 

そこで本報(2011年発表)では、この本の抄訳に私見を交えながら、

アメリカの家族農業の歴史を辿り、その今日的意義を探ってみたい。

なお、レポート「行動の時」以降のアメリカにおける小規模農業の動向についても、

最後に簡単に触れる。

 

2、アメリカ人にとって家族農場とは(まえがきより)

まず、アメリカ人にとって家族農場とはいかなるものなのだろうか。

ジェーガーはいう。

「家族農場。それは神と国家の次に高く、野球と母性に近いものだ。」

 

いささか大げさに聞こえるが、彼はこう続ける。

「おそらく他の国々でも、家族農場の伝統を国民生活の中核とみなすかもしれないが、

アメリカ人は、これについてとりわけやかましい。

われわれにとって、それは単に食料や生活、あるいは誇りや伝統であるだけでなく、

われわれの国家の起源、われわれの歴史、われわれの文学的教養、

そしてわれわれの属性に関係しているからだ。

家族農業はわれわれの世俗的神学に属するものである。」

 

「17世紀の開国以来、日々の暮らしと生き残りは、ほぼ完全に農業に依存しており、

われわれの思想やコミュニティーの理想は、農村での経験を通じて堅固に形成されてきた。

18世紀には、かつてそういわれたように、粗野なヨーマン集団(アメリカ人:訳者注)が

店主―あるいは、帝国だっただろうか?―からの独立を力ずくで奪い取った。

アメリカ人の農村的な特性とアグラリアン文化(後章参照)は、

最初の報道官たち(トーマス・ジェファーソンやヘクター・セイント・ド・クレブコーア)によって

誇らしげに賞賛された。

ジェファーソンは『農業を主体とする限り、

われわれの国は数世紀にわたり高徳を保ち続けるだろう』と主張した。」

 

「19世紀までに、アメリカの家族農場は数十万に分割・増殖し、

中西部の平坦で肥沃な大平原に広がり、やがて太平洋岸にたどり着いて、

いわば国家を象徴する存在となった。と同時に、それは、むしろぼんやりとした、

あるいは醜いイメージに姿を変えていった。

産業革命の粉塵と絶叫を含む、数え切れない家族農場のあり方、

南部の奴隷プランテーション、西部の広大な大草原、北部の工業都市、

さらにいえば北東部の殺風景な放棄された家族農場など、

ありとあらゆる家族農場が存在するなかで、

いったいどのようにしたらそれを国を象徴するイメージとして保持できたのだろう。

しかしそれは実際に保持されたのだ。

20世紀初頭においても、われわれは自らを第一に農業国とみなし、

家族農場をその他すべての機関が寄って立つ歴史的、社会的、

倫理的、経済的な神話的基岩としてきた。

すなわち家族農場は、寓話のような作り話でなく、

高く掲げるのに十分な文学的真理をもった、

安全で総じて良い有用な国家的神話であったのだ。

事実セオドア・ルーズベルト大統領は1907年に

『この国にとって、自作農による中規模農場システムの永続化以上に重要なことはない。

われわれはわが農業者が、その小規模な土地で辛うじて生活していくような

古い世界の小作人状態に落ち込むことも、彼らの土地が、

莫大な領地―それは使用人や借地人によって耕作される―を持つ金持ちによって

取り上げられるのも見たくない』と宣言した。

これは第二次世界大戦の終わりまで、全国にほぼ共通していた思潮であった。

しかし、20 世紀後半には、不本意にも、われわれが好んでいた家族農場の物語

がほとんど通用しなくなったことを目の当たりにした。

この半世紀の間に、アメリカの稼動農場数は、約6百万件から2百万件と三分の一に減尐し、

19世紀初頭には国民の90パーセントが農場で生活していたが、

今日それはわずか1ないし2パーセントに過ぎない。」

 

「もしこの傾向が続くならば、家族農業の今後は、長く楽しい物語にはならないだろう。

しかし、家族農場の運命は、今日なおわれわれの食料と健康に密接に関わる、

膨大かつ重要なトピックである。」

 

3.ハズバンドマン、ファーマー、グローワー (序より)

日本語では、一般に「百姓」という言葉の代わりに、

「農民」あるいは「農業者」という言葉が使われるようになってきた。

英語でも大地を耕す人の呼称は変化しており、

ジェーガーはそのことが家族農業という概念の起源に関わっている、と指摘する。

 

1611年に刊行されたキングジェームズ版の聖書(欽定訳)は、

農民を意味する言葉として 「ファーマー farmer」ではなく、

「ハズバンドマン husbandman」を使っていた。

「欽定訳が出版された時代は、ヨーロッパがアメリカに注目し始めた時期にほぼ一致し、

そして英語自体が変化しつつある時期でもあった。

当時およびその前の世紀を通じて、

大地を管理するものはファーマーではなくハズバンドマンと呼ばれていた。」

 

「大まかに言って、ファーミングは土地などを「貸す」ことを意味しており、

必ずしも耕作すことを意味しなかった。

動詞のファームはそれが耕作であれ、家賃の取立てであれ、先住民をなだめることであれ、

あるいは領土を守ることであれ、何らかの仕事を外注することを意味した。」

 

一方、ハズバンドリー(husbandry)はスカンジナビア語に語源を持つ古い英語で、

家を意味する“hus”とそこに住み、家屋や土地の世話をすることを意味する”bonda”からなる。

したがって、「一家あるいはある土地の主、維持管理に責任のあるものがハズバンド、

ハズバンドマンとなり、やがてハズバンドリーは大地の世話、

ハズバンドは家庭の世話の意味」となった。

 

「ハズバンドリーは家族を含み、実際には家族と家庭内の経済全体を含むので、

ここに後述する概念『家族農場』の起源が見える。」

 

「『ハズバンドリー』と『ハズバンドマン』は聖書の言葉で、

それは高揚した聖書的な響きを保持してきた。

専門職としての名誉と尊厳、命を支える食料の生産、

歴史と誠実な養育および資産の配慮への感覚、

これらやその他の意味合いがハズバンドリーには常に含まれてきた。

パウロのコリント人への第一の手紙によれば、神自身、

ある種の神聖なハズバンドリーに携わっている。

使い果たした耕地を放棄しては新しい土地に移動してきた落着きのない

定住者であるアメリカ人が、『ハズバンドリー』という言葉を使わなくなったのには、

全く意味がないわけではないかもしれない。

農業(ファーミング)を『ハズバンドリー』と考えることは、

それをより高貴なものとして考えることである。ソローは言った。

『少なくとも古代の詩歌と神話は、

ハズバンドリーがかつては神聖な行為であったことを示している。』」

 

アメリカでは17世紀にファーマーという言葉がハズバンドマンの代わりに

農家の意味でますます使われるようになった。

ちなみに今日カリフォルニアでは、一般に農民のことを「ファーマー」と呼ばず、

「グローワー grower(栽培者)」と呼ぶ。

 

これは、アグリビジネスとの契約栽培が一般化した

カリフォルニアにおける農民の役割(借地で契約した作物を栽培し、

収穫・販売は契約した企業がおこなう)をむしろ適切に反映しているように思える

(もちろん小規模な家族農場を営む農民も少なからず存在する)。

 

アメリカ家族農業の歴史と今日的意義(2)-「家族農業の運命」を中心に(2011発表)-へと続く

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