1.初代学長の偉大な発明「塩水選種法」
東京農業大学初代学長の横井時敬先生。
実は偉大な発明を後世に残されていたことをご存じだろうか?
その偉大な発明とは、「塩水選種法」。
播種する前の種籾を一定の比重(濃度)の食塩水に入れ、浮いたものを取り除き、
沈んだものを採用することで、比重が大きく充実した種籾を選び出すという技術である。
1882年(明治15年)に誕生したこの偉大な発明は、
133年たった今も、現役の技術として日本の稲作を支えている。
なお、日本の特許制度が本格的に制定されたのは、
1885年(明治18年)に施行された専売特許条例であるから※、
横井先生の発明は残念ながら日本の特許制度史には名前が刻まれていない。
※それ以前の1871年(明治4年)に専売略規則が公布されたが、
施行されることなく翌年に廃止されている。
個人的には、もし日本の特許制度が発足してから塩水選種法が発明されたのであれば、
真珠の養殖方法を発明した御木本幸吉、
グルタミン酸ソーダの製造方法を発明した池田菊苗、
ジアスターゼの製造方法を発明した高峰譲吉らと並び、
間違いなく日本の10大発明家として名前を刻んでいただろうと思う。
2.農業は知的財産の集大成?!
塩水選種法だけではない。
農業は品種、栽培方法から農業資材、農業機械に至るまで、
多種多様な形式知、暗黙知を導入して行なわれる知的財産(アグリ知財)の集大成である。
現代農業は、人類の長い歴史の中で改良されてきた知識の上に成り立っており、
その過程で様々な技術やブランドが創出されている。
「知的財産」とは、
「発明、考案、植物の新品種、意匠、著作物その他の人間の創造的活動により生み出されるもの
(発見又は解明がされた自然の法則又は現象であって、産業上の利用可能性があるものを含む)、
商標、商号その他事業活動に用いられる商品又は役務を表示するもの及び
営業秘密その他の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報」
(知的財産基本法第2条第1項)である。
そのため、権利化されるとされないとを問わず、
新たに創出された技術等はすべて知的財産と言うことができ、
農業はその時代の新技術や新品種等のアグリ知財と共に発展してきたと言っても過言ではない。
3.アグリ分野は知的財産権制度の活用が少ない?!
私が2012年に調査したところでは、2000年から2009年までの間、
日本の農業分野の特許出願は年平均4,900件、
実用新案登録出願に至っては、わずか年平均430件で推移しており、
両者を合わせても、全体の1.3%に過ぎない(図1参照)。
本来、企業における知的財産戦略は経営戦略の中に位置づけられて展開すべきものであり、
経営戦略が知的財産戦略に及ぼす影響は極めて大きい。
それは一般企業の経営のみならず、農業経営においても同様である。
にも拘らず、農業経営における知的財産管理の取り組みは、
一般の企業に比較すれば大きく遅れている。
農業経営における知的財産管理の取り組みが大きく遅れたのは、
私は次のような理由であると分析している。
1)農業経営のイノベーションに関わる主要な技術開発は、大学や公的な試験研究機関で実施され、農業経営者自身が技術開発に参加する機会が少なかった。
2)知的財産の排他的側面及び財産的側面を利用して経営を展開するという意識が農家には相対的に少なかった。
3)農家には知的財産権取得に関する知識が乏しく経営体としてもそうした知識を獲得するというインセンティブが、これまで働いてこなかった。
4)農業経営を直接支援する農業普及センター、市町村や農協などにも、これまで知的財産権取得を戦略的に行おうという意識が高くなかった。
しかし、我が国においても知的財産を活用して経営の持続的発展を実現しようとする動きが、
まだ点的な存在ではあるが、生まれていることも事実である。
また、こうした取り組みが今後増加していくことにより、
技術の伝承又は普及、技術開発の促進、国際競争力の強化等のプラスの効果も期待できる。
4.アグリ知財が農業の未来を変える?!
というタイトルをつけてはみたものの、
私は預言者ではないので、未来がどうなるかなど知る由もない。
しかし、私はアグリ系弁理士としてアグリ知財の未来をデザインすることはできるかもしれない。
その一つが、「アグリ知財の輸出」である。
もっといえば、「アグリ知財などのノウハウを含めた情報をインターネットで販売する」
というビジネスである。
近年、農産物を外国に輸出する取り組みや、
技術者を海外に派遣して日本の農業技術を現地で指導する取り組みが盛んに行われている。
しかし実際には、検疫の関係で農産物の輸出先が制限されたり、
貴重な労働力が海外へ流出するという課題もある。
また、震災から4年が経過した現在でも、
放射能汚染を理由として日本の農林水産物や加工食品の輸入を制限する国も多い。
これに対し、アグリ知財という「情報」を世界に向けて販売するビジネスモデルはどうだろう。
アグリ知財という「情報」は検疫もなければ放射能汚染もない。
輸出のための梱包の必要もなければ、貴重な労働力が海外に流出することもない。
一度システムが構築できれば、インターネットで24時間、日本はもちろんのこと、世界中の人々に販売できる。
夜寝ている間にも、勝手に売り上げを伸ばしてくれる。
もしかすると、本業の農業とは別に、農家の収入の柱になる可能性があるのだ。
「アグリ知財などのノウハウを含めた情報をインターネットで販売する」というビジネスは、
私の知る限り、まだ誰もやったことがない。
だから私はやろうと思う。
失敗するかもしれないが、とにかくやってみなければ失敗も成功もない。
もしうまく軌道に乗れば、「日本発のアグリ知財」として、
日本と世界の農業の未来を変えるほどのインパクトをもたらすであろう。
吉永国際特許事務所 弁理士
東京農業大学非常勤講師
吉永貴大
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