23年2月末、アメリカ南部バージニア州の名門大学『バージニア工科大(Virginia Tech University/V Tech)』を訪問しました。
バージニア州は大西洋側の東端は首都ワシントンDCに隣接し、そのまま内陸に向かって北側に位置するお隣のウェスト・バージニア州との境には、そのまま大陸北東部のカナダまで2,400km、壮大かつ永遠に続くかのように連なる大アパラチア山脈、その中に位置するバージニア州には青い峰が重なる美しい山々(Blueridge mountains)と丘陵地が広がり、ジョン・デンバーの名曲『Country Road/カントリーロード』の舞台となっています。日本では広大な麦畑平野が続くような牧歌的なイメージで捉えられているこの曲ですが、実のところ、歌われている歌詞は『田舎道(Country Roads)よ、今は都会に住んでいるけれど、炭鉱夫、海とは縁遠く、霞かかった景色、森深く作られる密造酒、自然と共にゆっくり流れる母なる山々が連なる田舎の故郷に連れ戻しておくれ(鎌塚意訳)』と言う故郷を想う哀歌的/Balladな内容です。
今回、日本語授業4クラスを持たせて頂いたV Tech。最寄りの空港は6ゲートしかない小さな小さな地方空港、乗り入れ航空機も片側2列のコミューターと言うもので、そこから山々をなぞるかのように沿ったハイウェイを1時間弱走ると、人口3万人のうち2,4000人がV Tech学生と言う典型的なアメリカの地方町Blacksburgに到着です。もともとは1871年に農学・機械・軍学校として開校、発展を遂げた今では総合的な工科大学と発展しており、特にコンピューター・サイエンスなどは非常に高い注目を浴びています。そうした理系総合大にあって、文系の日本語クラスを受講している学生も数百人もおり、当日は初級、中級、上級、上級文法の授業、のべ100名以上の学生を前に講義を持たせて頂きました。
日本語クラスの学生はほかに理系の主専攻があり、日本語は副専攻として履修しています。性別は男女半々、人種も白人・黒人・アジア系など移民国家の学びの場のダイバーシティーを実感します。両親が日本人や、いずれかが日本人と言う学生ももちろん数名在籍しますが、彼らの受講目的はアメリカで生まれ育ち、日本語読み書きに伸びしろがある、ついては学校授業でしっかり完成度を高める必要があるとの認識が多かったようです。これも単なるお稽古ごとの語学習得では無く、将来のグローバル人材必要条件レベルでの日本語を目指している点ではキャリア志向性と真剣度が高いと言えます。他の学生たちも同様でコンピューター・サイエンスや宇宙工学、国際関係学を学ぶ上で、さらなる武器としての日本語習得を目指しています。とはいえ日本語に触れ学び始めた動機は、幼少期にアニメなどの日本文化に触れて、中学や高校での第二言語、大学に入って何かチャレンジしたかった、などこれは実に様々でした。しかしあるクラスで『アニメが好きな人は?』と質問すると、なんと30名全員が挙手し、ジャパニーズ・アニメやマンガなどのソフトコンテンツ・パワーが日本語を始めとした日本文化伝道の親善大使/アンバサダーになってくれていることを実感しました。1960年代からの『武道』『禅』『歴史』注目から、1980年代以降の『経済』『ビジネス』ツールとしての日本語、そして今は『アニメ』『マンガ』『日本食』などへの変遷が興味深く感じ取れます。
それで次は学生への『日本食』についての質問。当原稿をお読みの皆さんはどんな回答を予想されるでしょうか?トップ3はスシ、テンプラ、スキヤキ? 回答はまさに様々で、一番人気は『ラーメン』、次に『お好み焼き』『丼もの(ウナギ、牛丼、照り焼きチキンなど)』『カツ』『焼き鳥』『そば』『うどん』、更には『カレー』『しゃぶしゃぶ』『おでん』『カツカレー』『たこ焼き』まで続きました。驚いたのは、彼らに取ってスシ(ロールスシ/巻き寿司)はごく日常の食材でもはや日本食の枠を超えてアメリカ一般食になっているようにも見受けられました。学生からは『僕はショーチューが好きで飲みますが、鎌さんはどんなお酒がお好きですか?ビールはキリンかアサヒはどちらが美味しいと思いますか?』など、ネクタイをした本物?の中年日本人ビジネスマンに会って話す彼らの興奮が伝わってきました。
さて、日本語授業は4名の先生方で行っており、日本人教員もいらっしゃいます。私が顔を出させて頂いた4クラスでは、レベルに関わらずまずはその日に割り当てを受けた学生が、自分が興味関心のある日本についてのリサーチをプレゼンテーション。たどたどしい日本語で『スタジオジブリ』について詳しく調査し『ジブリの世界観は哲学的で奥深い。特に“天空の城ラピュタ”が好きだ。』と報告したり、『日本建築』『書道』『剣道』『大阪』などなど、それぞれのトピック発表を聞く学生に取っても日本語ボキャブラリーのみならず、日本の文化や歴史、経済、日本人のもの考え方や行動についてなど深く幅広く学ぶ事が出来ています。
これは是非、日本の外国語教育についても取り入れられると良いと思われる点で、教科書上に書かれている言語を学習・習得するのに加え、自分視点でその言語が持つバックグランドを調べることで更にその言葉の持つ意味合いや使用ケースなどを多面的に学ぶ事ができると思います。これまで日本に暮らす多くのアメリカ人学生と話してきましたが、それぞれが一家言を持っているな、日本の事を深く知っているな、自分なりの視点での日本観を持っているな、と感じたのはこうした学習背景が影響していると実感しました。
最後のクラスの『上級文法』では、日本人にも難しい敬語を学びました。私は日本人ビジネスマンに扮して、名刺の渡し方、自己紹介の仕方、目上の上司への言葉遣いや振る舞い、などアメリカのビジネスシーンとの違いを交えてお話ししました。日本語教員の方のお人柄とご苦労の賜物かと思いますが、誰もが朗らかに楽しく真剣に、そして謙虚に勉強している姿に心を打たれました。授業後に昼食の為に学生向けダイニングホールに案内してくれた黒人女子学生(日本語名を自ら『アオイちゃん』としています)は『鎌さんは今日はお昼に何をお召し上がりになりますか?アメリカ南部料理はとても美味しいのできっとお口にあうと思います。私も大好きです。』と朗らかに案内してくれました。
アメリカ南部には名作『風と共に去りぬ』に象徴されるような、紳士淑女が示す南部ならでは心こもったおもてなし(サザン・ホスピタリティ/Southern Hospitality)と言う素晴らしい習慣があり、それを先ほど学んだ日本語敬語を使って完璧に案内してくれたアオイちゃんには心から感謝したいと思います。
また彼女のような心と技術が伴ったアメリカ人こそが、これからの日米の懸け橋になってくれるのだ、と心強く感じた一日でした。
最後に、近年V Techに留学する日本人学生が少なくなってきたそうです。受け入れ態勢は万全、日本人であること自体が友達を作る大きなアドバンテージに確実になっていることを目の当たりにすると、是非とも農大生にも海外に目を向けてチャレンジして欲しいと心から思いました。
-鎌塚俊徳
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