板垣 啓四郎
世界的規模で深刻な様相を深めつつある新型コロナウイルス感染症COVID-19。パンデミック(感染爆発)が収束するまでには、1年以上を要するのではないかと伝えられ始めてきた。事態はいま始まったばかりなのだ。これから、経済、産業面においても甚大な影響の起こることが予想される。ところが、新型コロナウイルス感染症がこと食料と農業にどのような影響を及ぼしてくるのかを論じた視点は、マスメディアのなかになかなか出てこない。これまで指摘されているのは、食料では景気減速に伴う需要の大幅な後退と需給緩和による食料・農産物価格の下落、また農業では外国人農業労働者(農業技能実習生)の確保困難という事態である。
例えば、わが国では高級和牛肉が国内外市場において需要不振で価格が下落を続けている。需要拡大のために政府が牛肉券を出す一方で、学校給食にも使うという案が出てきている。アジアではパームオイルの相場が低迷し、市場の取引価格が急速に下落してきている。大口需要国であるインドと中国が購買を手控えていることが大きく響いているようだ。主要な供給国であるインドネシアとマレーシアでは供給のだぶつきにより、価格の急落ととともに売れ残りの処分が今後大きな課題になろうとしている(日本経済新聞、2020年3月27日)。
わが国では外国人技能実習生の受け入れがままならず、この先人手不足で作物栽培規模の縮小と生産量および収量の減収が予想されている。フランスでは、必要数の外国人農業労働者を確保できず、収穫物が農地に放置されているという。
市場が縮小し生産が減少していけば、農業そのものの存立が危ぶまれる事態に向かっていくだろう。農業資源の使用量が減少、またその利用率が低下し、これに伴い農業者の所得も確実に低減していく。農業が縮小すれば、農業と食料に関連する資機材供給、加工、流通・販売の諸部門や企業に対して、負のスパイラルが波及していく。結果として、農業・食料とその関連産業に依拠している地方経済は疲弊の色を濃くしていくだろう。
こうした事態に直面して、各国ともに緊急政策を打ち出している。例えば、わが国では、新型コロナウイルス感染症の発生により農業経営が影響を受けた場合、農林漁業セーフティネット資金について償還期間の延長、無利子による営農資金の融資など、資金を中心としたテコ入れを図ろうとしている。しかしながら、景気の減速が長期化し、市場の規模が縮小して需要の喚起がままならない事態になれば、そうした短期的な対策がはたして功を奏するのか、疑問とせざるをえない。
市場が縮小し生産が減退することは、ある側面からいえば、やや加熱気味の景気を冷え込ませ、経済規模をダウンサイズィングすることでその適正化を進めるうえでは効果的かもしれない。しかしながら、社会が許容するある一定水準以下に食料の市場供給が抑え込まれ、価格が反転高騰してそれにアクセスできない人々が出てくれば、社会的不安が一挙に噴き出てくる。
世界の近代史を紐解けば、感染症の拡散や異常気象の連続などが起因となって農業の生産力が脆弱なものとなり、社会不安を醸成して暴動や戦争など悲惨な状況を招いていったことが容易に想起される。コロナ感染禍の先には何が見えるか。その長期化が現実的なものとなったいまこそ、真剣に議論していきたいものである。
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