wrote by Akihito Ohnishi on 5/6/20
新型コロナウイルス感染症と今後に関する意見をGIA研究部会(gia-nodai.com)でネット対話するようにとのご提案を武原幹事から頂きました。以下に私個人の私見をまとめます。
紙面節約のために、新型コロナウイルス感染症の病名はCOVID-19、ウイルス名はSARS-CoV-2と示します。
- COVID-19の経緯と初期に得られていた特徴について
2019年12月頃に中国の武漢市で原因不明の肺炎が報告され、2020年1月1日に感染拡大した市場が閉鎖された。同月7日、この感染症の病原をSARS-CoV-2と特定。21日、ヒトからヒトへの感染が明らかになる。23日に武漢市を封鎖するが、同月13日には既に中国以外の国で感染者が確認されている。
日本では2020年1月初旬に厚労省が相談窓口を開設。28日、日本で最初の感染者が報告される。30日、対策本部設置を閣議決定。2月3日、ダイヤモンド・プリンセス号(英国の会社が所有し、米国の会社が運航する)が横浜に帰港したが、1月25日に途中で下船した乗客から罹患者が確認されたため、検疫が開始された。検疫の結果は一部段階的に公開されており、内容から推測してこの対応で得た情報と経験はかなり重要だったと思われる。2月26日に公開された主な内容は以下のとおり。
・3711人の乗員乗客から合計3011検体が検査された
・重複も含めて延べ619名(20.6%)が陽性
・船内での感染拡大は発熱患者が増えた1月22日頃からと予測される
・陽性の罹患者のうち約50%は検体が採取された時点で無症状
・隔離対策が罹患者の減少に寄与する
・検査対象者の拡大により判明する陽性者のほとんどは無症状
注目すべき点は、この段階で「検査対象者の拡大で無症状の陽性者率が高くなる」ことに言及されていることである。また、陽性者の半分が無症状であることが述べられている一方で、軽症・中等症・重症などの症状の構成は述べられていない。中等症や重症者の数から全体を予測できるか否かは不明であるが、この先の日本の戦略に影響を与えていることは予想できる。また、武漢市の情報も含めてこの時点で得られていたCOVID-19のその他の特徴は以下のとおりであった。
・感染から治癒までに2(~3)週間程度かかる
・発見される罹患者数に対する致命率は3.5~7.7%でSARS(20%)よりも低い
・重症化しやすいハイリスク層(他の疾患を持つ高齢者)がある
・無症状者の割合が高い
感染から治癒までに長期間を要することは、対策決定を困難にする特徴である。その後、クルーズ船からの感染拡大防止は順調であったが、その間にも他の経路で日本へ入り国内で拡大。日本国内における死亡者数の累計は、2月末5人、3月末56人と増加。この間に、世界各地でも感染が拡大し、3月に入ってWHO(世界保健機関)はパンデミックを宣言。これを受けて国連が各国に感染拡大防止を要請。国ごとに異なる感染対策が取られる。日本で4月初旬に重症者数が増加する傾向を示し、4月7日に7都府県を対象として緊急事態宣言を発令。16日に全都道府県に拡大。5月4日にはこの態勢を5月31日まで継続することを表明している。
また、濃厚接触者の罹患率、罹患者の症状の構成(無症状・軽症、中等症・重症)、中等症以上の発症者数、COVID-19に対応可能な病床数とその稼働率は対策を立てる上で重要な情報になるはずである。初期の段階では一般には公開されていない数字であるが、一部は段階的に公開されつつある。
- SARS-CoV-2について
ウイルスを含む病原のゲノムデータを公開するNextstrain(nextstrain.org)は、早期から前例のない速度でSARS-CoV-2のゲノムデータを公開している。遺伝子解析から公開までに48時間程度、1月23日に24、5月5日現在で4533のゲノム情報に基づく解析結果を公開している。世界的に感染拡大した原因ウイルスのゲノム情報が、ほぼリアルタイムで知識として共有されることははじめてのことだといえる。6年程前にエボラウイルス(致命率が高く28~90%)がアフリカで広がった際、ゲノム情報が解析されるまでに少なくとも数か月はかかっている。Nextstrainの公開情報から分かってきたことを以下に示す。
・世界的な拡散経路の予測
・ゲノム上の10個所程度に変異しやすい領域がある
・2週間程度で変異が生じる
・日本では、初期は中国から、その後は他国を経由してきたものが広がっている
ウイルスや細菌のゲノムの変異自体はよくあることである。SARS-CoV-2で頻繁に生じている遺伝子の変異が、毒性や感染性の強弱、抗ウイルス薬やワクチンへの抵抗性に関連があるか否かについては、まだ明らかになっていない。
*拡大できます
- 感染症拡大の対策について
対策の決定には、「COVID-19拡大で生じる不利益」と「対策自体により発生する別の新たな社会的・経済的不利益」を考慮する必要がある。仮に、対策がCOVID-19による死亡者数(下図、赤)をゼロにできたとしても、他(下図、緑)の不利益でそれを上回ってしまっては試合に勝っても勝負では負けてしまう。両方を最小限にできる対策を施したうえで、新たに発生する不利益への対策を同様に用意する必要がある。後者については今回の場合、
急経済対策としての特別定額給付金(個人)や特別貸付(事業者)などがこれにあたる。
また、新たな(未知の)ウイルスによる感染症が収束するには、抗ウイルス薬の開発(もしくは有効な既存薬の確認)、ワクチンの開発、集団免疫の獲得(集団全体の6割程の個体で抗体などの抵抗性がつく)のどれかが必要である。いずれについても時間がかかる。
アウトブレイク(地域的な拡大)を抑えこめずに重症者が急増すると、医療現場が崩壊して不利益はより大きくなる(下図、黒実線)。このため感染拡大対策の目的は、医療崩壊を回避しながら、上記3つのうちの一つ(もしくは複数)の達成を待つことになる。具体的には感染のピークを遅らせること、発生頻度を分散してピークを低く平たくすること(下図、赤実線)である。総感染者数をゼロにしたり極端に減らせるわけではない点に注意が必要である。また、極端な対策は、社会・経済への影響が大きいだけでなく、後で訪れる二次ピークがより大きくなることも分かっている(下図、青波線)。
過去に起きたパンデミックでは、医療現場の崩壊を回避する目的で軽症者を自宅待機とする手段がとられたこともある。また、今年4月29日に旭日大綬章(外国人叙勲)の受章が発表されたビル・ゲイツ氏が共同議長を務めるBill & Melinda Gates財団(5月までにCOVID-19対策に約270億円を拠出予定)は、2019年10月にEvent 201(https://www.businesswire.com/news/home/20191019005036/ja/)と題した世界的広域流行病のシミュレーションを主催し公開している。過去の経験と多くの大規模なシミュレーションは政策決定にも重要な情報となるはずである。
4.日本のCOVID-19拡大防止ついて
今回、日本の初期対応時は症状の程度に関係なくSARS-CoV-2の罹患が明らかになったPCR検査陽性者は入院が前提であった。これだけが原因ではないと思われるが、感染者の広がりを知るための調査、つまり膨大な量のPCR検査を実施しない戦略をとっている。この点は他の多くの国と異なるが、医療崩壊を回避する選択枝の一つである。一方で、日本はPCR検査よりも前に、問診やCT検査などで肺炎の症状を総合的に診断する手段を取り入れている。日本が積極的に把握しようとしていたのは、罹患者との濃厚接触歴のある者と、肺炎症状を示す者(中等症以上)であった。感染経路の把握と、中等症以上(特に重症者)の罹患者に医療資源を集中する戦略のように理解できる。
感染経路の把握は、感染源を断つ手段を検討するための情報として重要である。また、日本のCT保有台数は人口100万人あたりで107台(2018年の値)で、これはOECD関連国平均の約4倍の保有率である。このことは、重症者をスクリーニングする手段として、CT検査が他国よりもはるかに有利であることを示している。先に示したように、PCR検査で発見できる大部分は軽症と無症状の罹患者である。中等症・重症者をスクリーニングする手段として、PCR検査とCT検査のどちらが合理的であるかを検討したうえで、総合的な診断方法を選んだのではないかと考える。PCR検査数を増やさないことや、家庭に布マスク2枚配布するなどは、中等症や重症者をケアする医療現場に資源と努力を集中することが目的のように考えられる。他の国と戦略が異なるのはこのようなところにもあるようである。
また、当初からPCR検査数の拡大を求める意見が (現在でも)多くあるが、個人的には反対である。一方で、抗体検査については、早期に精度を高めて大規模で実施することに強く賛成である。
まず、PCR検査の結果の信頼性は高くない。ダブルチェックなどの工夫をしたとしても正しい判定結果を出せる確率は90%程度で、10%は間違いがあることになる。PCRにより検出するためには一定量のウイルスが粘膜の表面まで出ていることが必要である。これを検体として採取し、保管、輸送、核酸(RNA)抽出、PCR増幅(および検出)する。これらの全ての工程で問題が生じうる。採取効率、核酸の劣化(分解)、バイアス(偏り)などによりウイルスがいても検出できないことがある。SARS-CoV-2に似た別のウイルスを誤って検出する場合もある。また、PCR検査は少なくとも検査時に罹患している必要がある。PCRで陰性であった場合は、過去に罹患して自然治癒しているケースは分からない。今後罹患するリスクについても全く分からない。これを網羅的に実施ししたとして、検査工程で起きる二次感染と多発する軽症患者の入院で消耗するのは医療現場の体力と資源である(積極的に感染者を増やしたい場合や、PCR検査を一つの産業にしたい場合は別である)。PCR検査が手段として有効なケースは、PCR検査に代わる有効な手段(抗原や抗体を利用した高精度の診断技術や、今回ではCTを含む総合的な診断体制)がない場合といえる。このように、日本は他国と戦略が大きく異なるのでPCR検査数や結果の陽性者数および陽性率を比べても、対策の良しあしは分からない。
一方で抗体検査はPCR検査とは目的が異なる。疫学的調査にも個体に対しても価値がある。抗体(IgG)陽性の判定は過去も含めた個体の罹患経験を示す。また、個体が病原に対する抵抗力を持った可能性も示し、集団免疫の程度を理解するために必要である。
前述のように日本は緊急事態宣言の発令とこれに伴う外出自粛を、戦略の中の一つの対策(手段)としたことになる。COVID-19の罹患から治癒までの期間が2週間であるので、対策を施しても効果が表れるのに2週間以上を要する。空振りに終わると、対策自体で生じる別の不利益が大きくなるなので、かなりきわどい判断が必要であったはずである。下図に最近公開された重症者数の累積(東洋経済ONLINE)を示す。緊急事態宣言発令時(4月7日)は明らかに重症者の数が急増を始める初期段階であり、その後急激に増加している。また、重症者数が減少に転じたのは5月2日であるので、4日に宣言を解除できなかったのは妥当な判断と思える。
5月5日現在の世界の感染者数は350万人、死亡者数は25万人と推計されている。これは国ごとに異なる尺度で実施された調査結果に基づくため、将来は大幅な上方修正があると考えられる。また、日本は他の国と異なる感染拡大防止戦略をとっており、重要ないくつかの情報は公開されていない。我々一般がリアルタイムで日本の感染拡大の兆候を知る術は死亡者数ということになる。国別の死亡者数は米国約7万人、イタリアで約2万9千人、イギリス2万9千人、スペイン約2万5千人、日本556人である。日本が最初の感染拡大を抑えることができたことには評価が必要である。医療現場の努力と政策による支援が一番の貢献度であると感じる。
5.今後について
世界の市場としては、4月20日に1バレル=マイナス37.63ドルになった原油価格が5月に入っても1バレル=20ドル前後の低水準で推移している。シェールオイルに支えられる米国の産業だけでなく、世界的に深刻な影響を与えると思わる。複数の国で生産、流通、消費の経済が停滞する懸念は恐慌を予想させる。恐慌は歴史的に紛争や戦争のきっかけになる場合があるので、とにかく経済を早急に取り戻す必要がある。日本でも、社会的・経済的不利益は既に増大している。この期間の第二次・第三次産業の経済は一部を除いて50~90%の低下が見込まれており、これに伴う失業率は1%を超えると予想される。過去の調査では、1%の失業率は2000人の自殺者数の増加に関連することが分かっている。世界経済の影響はこれを更に悪化させる可能性がある。このようなことから、現在の日本の態勢は5月末まで続けるべきではない。早急に地域、世代、職種などに基づく段階的な緩和政策に向かう必要がある。
日本で5月4日に出された緊急事態宣言の延長(5月31日まで)では、同時に社会の行動変容に関する下記の具体的な提言が示された。
・長丁場に備え「新しい生活様式」に移行すること
・日常生活で取り入れてもらいたい実践例
(1) 一人ひとりの基本的な感染対策(マスク、手指消毒など)
(2) 日常生活を営む上での基本的生活様式
(3) 日常生活の各場面別の生活様式
(4) 働き方の新しいスタイル
経済の回復に向かう前に、「今までの生活に戻る」ではない選択肢も想定しておく必要がある。提言の多くは、今回の感染症の拡大対策であるようではある。ただし、経済と直結する (4)働き方の新しいスタイルは、2016年頃から政策として進めている「働き方改革」でも示される、「テレワーク」や「一人当たりの労働時間の削減」などに沿うようである。
ここ数十年の日本経済は、年間80万人増の急激な人口増加の中で発展してきた。この間の日本の産業構造は、第一次産業をGDPの1~2%に維持し、主力を第二次産業から更に第三次産業に移してきている。そして人口は2008年をピークに減少に転じており、この先数十年は年間60万人減の中で経済を発展させる必要がある。核家族化から女性活躍時代への流れである。
このようなことから、そもそも日本には働き方の新しいスタイルを求める別の動機があったといえる。これが今回の感染症拡大の影響で、予測を超えて加速すると思える。例えば、事業については東京や都市圏に集まる必要がなくなる。正社員の割合いが減少する。個人が複数の会社に勤めるケースが増える。などが急速に進む可能性がある。
教育の現場でも遠隔授業の実施や、9月入学の可能性が検討されている。既に大部分で4月は在宅学習となっており、これが夏まで延長される見通しである。遠隔授業は座学として知識を伝えるには一定の合理性や利点もあると考えられる。しかしながら、教育を受ける側のネット環境と端末の能力(映像と音声)に教育効果が強く依存すること、教える側の道具 (こちらは技術も)が整っていないことなど、ハード面への投資がとにかく課題といえる。また、学問は教育の手段であるので、知識だけでなく人間育成の要素が必要である。これを分散型、遠隔型、非対面式で実施する術は私には今のところ良いアイデアが無い。
また仮に、次年度に9月入学を実施する場合、先に8月の進級や卒業を実施する必要がある。これについては、現在の在宅学習で手薄になった前半部分の穴埋めを、後半の後(次の2月から7月)に実施することで、ここまでに生じた教育を受ける側の不利益を補える可能性がある。大学では更に次の可能性として、学年ごとの段階的なカリキュラム編成を廃止し、学生と教員が卒業までの道のりをカリキュラムツリーとポートフォリオや学生カルテなどの修学履歴で管理することも手段になってくると想像する。以上、限定的な側面ですが、私見をまとめました。
Comment