菅政権の誕生とわが国農業の方向
板垣啓四郎
菅政権が誕生して以来、矢継ぎ早に様々な政策が打ち出されている。安倍政権を基本的には引き継ぎながらも、独自色を出そうというものである。菅政権が最も重きをおいているのは、いうまでもなくコロナ感染拡大防止策と経済活動立て直しの両立にある。菅首相は自らが秋田県の農村出身ということもあり、地方の活力再生にはかなり前向きになっているように見受けられ、農業・農村の振興に期待を抱かせるものがある。しかしながら、農政の新たな方向が必ずしも鮮明に浮き彫りとされているわけではない。食料・農産物の輸出振興、経営意欲の高い農家への農地など資源の集積、農業・農村の6次産業化の進展、農協改革など、これら一連のこれまで展開されてきた施策は、菅首相が安倍政権下で内閣官房長官のときに旗振り役として進めてきたものである。このことが背景にあって、農政の新機軸が打ち出せないこともその主要な理由の一つになっている。
菅内閣のもとで新たに農林水産大臣に就任した野上浩太郎氏は、就任直後の記者会見(9月17日)とその後開催された記者会見で、農業政策の方向について語っている。その要点を示せば、以下の通りである。
1.感染防止策と経済活動の両立…Go To Eat キャンペーン
2.農林水産物の輸出拡大…2030年までに5兆円の目標を達成
3.農林水産業の次世代への継承とそのための生産基盤の強化
4.生活様式の変化および社会デジタル化進展への対応
この他にも、ブランド品目の種苗が無断で海外において取引されないようにするための種苗法の一部改正などがあるが、大きな柱としてはこういうところであろう。
Go To Eatは、食料・農産物の国内市場を拡大、特に外食産業を力づけるために国民に食事券を配給し、国産の農林水産物を使ってもらおうとする意図である。これがGo To Travelと連携していけば、地方の観光業の回復と相まって宿泊や外食の機会を増やす機会になっていくことが目論まれている。農業においても生産物の供給先が確保されることになる。これによって一定の効果はあるだろうが、あくまでも当座をしのぐ対応に過ぎず、本格的な需要の回復には程遠い。
食料・農産物の輸出の拡大と企業の海外投資は、国内市場の縮小傾向を海外の市場に求めるという点で理解できるが、今後10年間で輸出規模を5兆円に拡大するというのはあまりにも野心的であり、そのための論拠も脆弱という印象をぬぐい切れない。現状でも輸出は、りんご、牛肉、水産物などの一部品目に限られているうえに、実際には食料関連加工品が大部分を占めている。地球規模でコロナ禍パンデミックにより国際市場が大幅に収縮し、購買力が急速に落ち込んでいるなかで、割高な国産品の海外需要が拡大していくという保証はどこにもない。
農業就業者の超高齢化とリタイア―が続く中で、次世代が農業を引き継いでいくのは当然の流れであるが、決して新規の農業就業者数が増加しているという状況にはない。家族農業には小規模な稲作や露地野菜栽培の農家が多いが、後継者は極端に少ない。労働力の不足を外国人技能実習生で補っている状況にはあるものの、いつまで外国から実習生が来てくれるか心許ない。農家数は今後急速に減少していくであろう。法人格をもった企業経営が農業をビジネス拡大の機会と捉えて商機を見出せるかが、今後の日本農業を大きく左右する。
その点、社会デジタル化の進展に対応した経営者マインドの変化はきわめて重要である。ICT技術による農産物の電子取引(E‐Commerce)、ドローンなどによる圃場情報の収集とその活用、AIを使ったスマート農業の推進、ロボットによる農作業の無人化とその遠隔操作などが、これからの農業を担う技術の中心にあることはいうまでもない。
高度なデジタル技術を駆使できる人材を育成して圃場へ戻していくことが、行政や教育に強く求められている。
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