1.食料
・消費者は、「安全」「安価」「便利」「使いやすい」「新鮮」「外観」などの視点で農産物を購入している。
・この要素が満たされれば、国内産と輸入品に区別がない。特に若い世代でそういう傾向が強い。
・惣菜などの調理済み食品や加工食品、外食に依存する割合は高いが、最近では少しずつ家庭で調理する傾向が出てきている。
・消費者は、食品・農産物の大部分をスーパーで購入しているが、コンビニで購入する割合も高い。
・食品化学添加物や遺伝子組換え食品への警戒は強いが、若い世代ほどその意識は弱くなる。
・所得が低い世帯層ほど、栄養のある食品・農産物を安価に購入する傾向が強い。
・コメは主食であるが、その消費量は年々減少し続けている。特に、若い世代で、都市に居住している単身の女性ほど消費量は少ない。
・健康志向で、動物性たんぱく質・脂質への消費量は年々少なくなり、野菜や魚介類の消費量が増加してきている。ただし、果実の消費量は伸びが低迷している。
・過去10年以上にもわたり、一人一日あたりの栄養供給量は2600Kcalであり、栄養構成比率にもほとんど変化がない。
・家族世帯では、週末に食料品をショッピングし、外食を楽しむ傾向がある。
・スーパーなどで食品・農産物を購入するとき、過剰なビニール袋やトレイがついてまわり、資源・エネルギーの無駄遣い、ゴミの増加につながっている。食べ残しや食品ロスも世界有数である。
・消費者がスーパーやコンビニで購入する食品・農産物の価格のうち、その素材よりも鮮度保持、輸送、包装などの物的コストに多くを費やしている。また単身世帯が世帯全体の40%を占めており、小口で日々最寄り買いする傾向が出てきた。
・消費者が食料に費やす額は、支出額全体のおおよそ22-25%を占めており、この比率は過去ほとんど変化がない。
・消費者の中には、「原産地表示」「生産者表示」「内容表示」「消費期限・賞味期限」「無農薬」にこだわる層が一定の比率で存在しているが、予想以上にその比率は高くない。
・若い世代における栄養不足あるいは栄養過剰、栄養バランスの悪い食品の摂取、不規則な食生活などは社会問題の一つになっている。
・食品・農産物の流通経路は多様になってきている。スーパー、コンビニで購入するのが主流であるが、通販、宅配、直送、直売等による購入形態も目立ってきた。
・食料自給率が低く(39-40%)、このことを懸念している国民は多いが、食料消費自体には概ね満足しており、食品・農産物の一定量の輸入は仕方ないとしている。
・食品・農産物の輸入先国と輸入品目はほぼ固定しているが、TPP発効による関税の撤廃や削減、輸入割当枠の拡大で、今後多様な品目において増加していく可能性が高い。
・輸入食品・農産物の国際安全性基準が緩和されることを懸念している人々もいる。
・食べ物や料理に「こだわり」「伝統」「グルメ」などの付加価値を求めることもあるが、マスメディアを通じた広告・宣伝にやや振り回されている側面もある。伝統的な食品・農産物、料理は伝承・継承がうまくいかず、形骸化して内容も変化していることが多い。話題だけが先行している。
・海外のエスニック食品はだいぶ浸透してきた。食事のなかですでにアイテム化している。
・食品・農産物の多様で潤沢な供給により、それに対する欠乏感はほとんどないが、価格の変動には敏感に反応する。消費者は価格の安定を望んでいる。
・消費者の中には、自ら農地を借りて、野菜などを一部自給している人もいるが、その数はそれほど多いわけではない。
2.農業
・農業生産資源の基盤が揺るいできている。若手の新規就農者は少なく、担い手の高齢化(農業就業者の平均年齢は66.3歳)や女性化(過半以上)がより顕著になってきている。また耕作放棄地は42万ha(ほぼ埼玉県の面積)にまで拡大している。農業就業者数の減少が続いており、210万人ほどまでに減少した。
・耕作放棄地は中山間地域など条件不利地域に多く、そこでは鳥獣の増加にともなう農作物の被害も大きい。
・問題が大きいのは、遊休農地としての休耕田や水田の荒地が目立つことである。ここはかつて多くの資本投下により基盤整備がなされたところであるが、投入した税金の無駄遣いが指摘されている。
・用水路や排水路、農道などの農業に関わる共通インフラの管理・補修が行き届かず、インフラが機能を果たせずにいる。
・農業担い手の高齢化と後継者が不足する状態がこのまま持続していけば、近い将来農地の荒廃を伴いつつ、農業が根底から崩壊してしまう恐れがある。近い将来のある時点で、何らかの理由により国内の農業生産が突如として大幅に減産し、「食料パニック」が起こる可能性は十分にある。
・農業の生産資源がこれだけ脆弱化していったのは、農業では所得を上げられないからである。農産物価格は長期低落の傾向にある(特にコメ)。その一方で農業資材や機械の価格は現状維持かやや高めに推移しており、価格交易条件から判断すれば、農業に不利な状態が続いている。
・円安傾向が輸入資材、飼料穀物の価格を高めにしているため、生産コストを押し上げている側面もあるが、それよりも世界的な株価の下落などで景気の回復が思うように進まず、世帯所得の格差拡大、急速な高齢化の進展もあって、市場相場が低迷し、消費が盛り上がらないところが大きい。食品・農産物ではとくにその傾向が強い。
・農家は、機械や施設の新規投資にこれまで多くの借金を抱えているため、その返済が経営の大きな負担になっている。加えて、農業生産分野に新たに資金を注ぎ込むほどの有望な投資機会に乏しい。
・農産物の品目ごとに産地がほぼ固定され、産地と市場との関係もすでに出来上がっているため、新規に既存の市場へ参入することはむずかしい。そのために、新たな流通の仕方や流通の経路を考えなくてはならないが、時間と費用を要し、容易なことではない。
・新たな市場開拓のためには、商品の差別化、6次産業化、農商工連携、食料産業クラスターの形成など、地域ぐるみで実施しなければならず、個人レベルではきわめてむずかしい。それでもこれにより、成功しているのはごく一部である。「差別化」というが、似たり寄ったりの商品が多く、何をどう差別化してよいのかわからないのが実態である。
・農業総産出額でみれば、畜産物、野菜、コメの順であり、これだけで産出額のほぼ80%を占める。最近ではコメの凋落が目立つ。
・農家の総数は210万戸あるが、そのほとんどは農業を兼業ないしは副業的な位置にしており、とくにコメ生産農家に多い。ある程度の収益を上げているのは施設園芸(一部に露地園芸)農家、規模の大きい畜産農家であるが、こういうところは会社組織ないしは農業生産法人でビジネス的経営を行っている。零細規模の農家は、集落レベルで集団化した「集落営農組織」(主として耕種部門)を形成しているところがあるが、それほど実績を上げているわけではない。
・TPPが実施されれば、安価な食品・農産物が輸入されて、国内での販路を失うのではと心配している農家や地域、農協の声は実に多い。
・政府は「地方創生」「農業所得の倍増」「農業は成長産業」などと聞こえのよいことを唱えているが、どういう構想とシナリオのもとにいかなる具体的な政策展開が用意されているのか、不透明という意見はかなり多い。
・地球の温暖化など気候・気象の変化で、作況の変動が大きくなり、収量がなかなか安定しない。実はこの影響もあって、露地ものは以前ほど品質(味覚、形状、大きさなど)が揃わなくなった。収量と品質の安定のための技術開発が待たれるところである。
・「人・農地プラン」により、集落レベルで中核的な農業経営者(認定農業者など)に農地を集約し、条件のよい各種の融資プログラムによって、経営体質を強化する方向で進めている。そのために農地中間管理機構を創設し、また農業委員会の組織改正もあったが、はたしてそういう方向へ順調に進んでいくとは、現状ではとても思えない。人・農地プランには、「集落の社会学」という発想が欠如している。
・IT技術との組み合わせで技術はかなり進んでいるが、技術習得ための人的能力の養成とそれを現場に活かしていくための諸条件(特に採算性)がどれほど整っているかが大きな課題である。
・40歳台以下の世代が農業に従事してする動きも少しはみえてきたが、概ね法人などの組織経営に従事する者が多い。農家単位での後継者はごくごく少ないのが現状である。どのようにして新規就農者を育てていくかは、今後の大きな課題である。
・農協は依然として地域(農村)経済において不可欠であるが、その諸機能をもう少し農業者の組合員に焦点をあてて発揮しなければ、農協離れはさらに加速する。金融部門がこれまで中心的活動業務であったが、その金融も農地やその他資産の管理運用に偏りがちであった。農協の残高預金が農業活動へ還流することなく、農業外へ流出していきがちである。農業部門への投資機会が少ないことがこの事態を一層加速させている。農協改革により、単位農協による方針の自立化と経営の自主権が強化される形になるが、自己運営能力の高い農協はごく一部に限られている。
・農業の成長産業化に農産物の輸出を柱にという政策目標はよく聞くが、輸出の大半は加工食品や水産加工品であり、農産物自体の輸出が著しく増加しているわけではない。世界で「和食」がブームになっているが、それと農産物の輸出がリンクしていない。これからは農産物の輸出が市場フロンティアの拡大という意味から重要であるが、海外市場とマッチングする(商談を成立させる)経験に乏しい農業界で果たして可能なのか。政府、商社、シンクタンク、コンサルタントなどとの連携は必要不可欠である。
・海外への農業直接投資はそれほど活発ではない。それでもこれまで食料産業・農業の川上から川下に至るサプライチェーンで、わが国の食品製造業や農業、食品・農産物の流通・販売の分野に携わる企業体が海外へ進出していった。現地での生産や製造による商品が、一部わが国の市場へ向かい、わが国からすれば、それが食品・農産物の輸入増加につながっていった事実は否めない。
・日本から、民間ベースで農産物生産や食品製造に関わる施設や機械、種子や肥料・農薬など資材、技術が海外へ移転することが加速し、また人材の養成も進められていくことから、良質で安価な食品・農産物が企業移転先の海外から輸入されることになり、貿易や企業移転を通じたグローバル化はさらに進展していくと予想される。
・日本の食料自給率はカロリーベースで39-40%と低い水準であるが、自給率向上と自給力保持のポイントは水田の高度利用以外に考えられない。コメ以外の作物栽培に政府が助成金を与えて麦類や大豆、飼料用稲、飼料米が栽培されているが、トウモロコシなどの飼料作物、加工用途米などより広範な作物に助成金を付与すべきである。助成金を減額ないし廃止すれば、生産農家のモチベーションは一挙に下がる。
・中山間地域の農業振興は、国土や環境の保全、さらには災害の防止という意味からも重要な課題である。これまで直接支払いなどにより地域レベルでの交付金供与などを行ってきたが、地域農業を担う人材が急速に減少し、集落コミュニティも崩壊しつつあるなかで、新たな対策が講じられるべきである。集落レベルでの対話と提案を重視して、それに助成金を出すなどの方法を考えていかなければならない。
・東日本大震災の復興を順次進めていくと同時に、その過程から地域再生のヒントをえて、災害に強い農業づくりを計画・実施していかなければならない。
3.農村
・農村は産業として農業が中心の地域であるが、ことさら農業を語るだけでなく、農村を「地域」として捉えることが重要である。農村には位置関係によってさまざまな特徴をもったバリエーションがあるが、自然環境、歴史、文化、伝統、教育などの構成要素をもつ複合体とみなすべきである。
・こうした無形、有形の地域資源を用いて、農村全体をビジネスの対象とするアプローチがこれまで行われてきたし、これからもこうした方向で進んでいくことはあながち間違いではない。
・都市と農村の交流・対流・共生関係のなかで、農業・農村体験を通じて進めていき、そこにビジネスの機会が生まれる。いわば人と人との交流である。直売施設や宿泊施設、農家レストラン、観光案内所は、文字通り交流の接点である。
・わが国では西欧諸国のようなグリーンツーリズムは定着しなかったが、地元産の農産物直売、道の駅、朝市などでの売り上げが大きく伸びたところに特徴がある。観光と休暇、農業体験および農家宿泊などを結びつけたプログラムの構築はむずかしい。
・「イチゴ狩り」「リンゴ狩り」のように収穫体験と連携した観光農園は、これまである程度伸長してきたが、いまは伸び悩んでいる。収穫体験だけではマンネリ化している。観光農園に何をプラスするかが課題であるが、これは地域性に応じて考えていかなければならない。観光農園での体験は主として家族が単位で行われている。逆に農業体験、市民農園、クラインガルデンなどは高齢者の間で行われているが、その動きはほぼ横ばいである。
・農村空間は「教育」の場として、すなわち食農教育、環境教育、体験学習などで活用されている。しかしながら、その効果がどの程度のものなのか、しっかり評価されているわけではない。教育の効果測定は容易なことではない。日常の食べ物が作られている現場を体験することは、食農教育として子供達にとり極めて重要な教育体験である。
・農村の伝統的文化の伝承・継承は成功しているところとそうでないところがあるが、文化を継承する人材が存在しているかどうかに大きく左右される。
・農村景観の素晴らしいところが多く存在するが、これも農業が健全に営まれて、また共同体の力があって、初めてなしうるものである。農地の荒廃で、景観が大きく損なわれたところはいくらでもある。
・農村という地域を現代的に解釈し直して、より魅力あるものにするためには、域外の第三者の意見、とくにコンサルタントの力を必要とする。これからは、食と農、住まい、景観、体験などが一体となった「地域ブランド化」がますます必要となる。それも、固定させるのでなく、顧客ニーズに合わせて進化を遂げていく必要がある。
・外部のコンサルタントの力を必要としつつも、集落レベルでの話し合いで、「地域興し」を自ら考え、自ら実行に移す主体性は不可欠である。集落の共同体意識が年々希薄になっているのは、現状を何とかしたいという共有の思いが欠如しつつあることを意味している。
・農村で高齢化や単身高齢化が進行しつつある状況下では、地域レベルでの医療、保健、介護、食材の配達などヘルス・ケアを活発化していくことで、ビジネスチャンスを形成していく発想も必要である。地域でのウェルフェア・マネジメントである。病気予防という視点から、薬用植物、清浄な水、温泉などを利活用した「健康の里づくり」も重要な取り組みになる。
・ともかくも、「村づくり」は、従来の開発手法に時代のニーズに即した新たな手法を取り入れて、集客力を高めることがポイントになる。
wrote by Dr.K. Itagaki 1/4/2016
Comment