● TPPの合意がもつ背景について、もう一度振り返ってみたい。TPPを合意へ運ぶのは、日本側に主導権があるわけでなく、やはりアメリカの政府と関係団体の強い意向に押し切られているという点が重要である。背景には、中国の動きをけん制しつつ、アメリカが中間選挙を控えて、オバマ大統領の年頭の公約にあった景気の回復と雇用の増大のためには、アジアの成長波動をアメリカの経済に取り込んで輸出と投資を拡大したい。そのためには、日本との密接な経済協力の連携が必要不可欠であり、アジア太平洋地域の自由な経済フレームワークづくりが重要な前提というところにある。
●日本は、肉類と乳製品の大幅な関税引き下げに抵抗を示しているが、畜産農家への所得補償で何とかまとまると思う。それよりも大切なことは、これを機会に日本の農業の形をどのように抜本的に再編するかということである。要するに、食料の安全保障問題であるが、食料・農産物を、輸出できる部分、輸入に依存せざるをえない部分、そして海外との貿易や投資の動きに無関係ないしは中立的な部分とに分けて、議論していく必要がある。それを見越しての農業の構造再編という議論がポイントであろう。
●日本の議論は、どうも産品にこだわりがちである。そうではなくて、食料・農産物に対する需要増大の追加が、フードサプライチェーンで考えた場合、どのように前方産業(加工・流通部門など)と後方産業(投入財部門など)にインパクトをもつのかという視点がなくてはならない。実をいえば、需要増加にともなう経済的波及効果(乗数効果)はきわめて大きいものと予想される。需要の増加を求めるカギは、やはり「輸出」と「海外投資」であろう。輸出も産品だけでなく、関連産業の派生需要にともなう輸出の増大、プラント輸出も考えてよかろう。そういう視点で考えれば、このTPPがもつ自由貿易の経済的効果はきわめて大きい。
●もう一つ気になるのは、「地球温暖化」に伴う世界の食料需給バランスの不安定性である。例えば、去年に入ってからのカリフォルニア州での歴史上かつてない深刻な干ばつのため、農産物(とうもろこしなど)は未曾有の不作と伝えられている。日本が、アメリカ、カナダ、オ ーストラリア、ブラジルそして中国に強く食料を輸入依存している状況は、食料不安の大きな懸念材料である。中国は国内需要の拡大により、輸出余力を次第に失いつつある。他の4カ国は農業生産が自然環境と資源のあり様に大きく左右される。TPP域内における主要食糧のセフティーネットづくりも大きな課題である。
●さらにいえば、食料・農産物の品質保証、認証(安全性表示)のあり方を、TPPでどういうようにグローバルスタンダードで規準づくりを行うか。実は関税問題と等しく重要な制度的課題であり、このあたりの議論が手薄なところがしきりと気になる。
【記事投稿者】
東京農業大学 国際食料情報学部 国際農業開発学科
板垣啓四朗 教授
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