縁あって、4月から薬用植物(Medicinal Plant)に関わる仕事に就くことになった。折角の機会なので、薬用植物に関する情報を共有することにしたい。
薬用植物には、草本類と木本類を含む。薬用植物は体内でさまざまな有機化合物を生合成し、そのなかには種々の病気の症状緩和、治療に有効な成分が含まれている。薬用植物を利用するには、①そのまま植物の形で用いる方法、②簡単に加工してから用いる方法(生薬)、③エキス剤にして用いる方法などがある。エキス剤にするとは、有効成分だけ抽出・単離して製剤として用いるあるいは抽出した有効成分の化学構造を変化させてから用いる方法がある。
世界にはさまざまな薬用植物があるが、大きくカテゴライズすれば、中国に古くから存在し日本にも伝わってきた漢方薬、ヨーロッパのハーブとスパイス、インドの伝統医学(アーユルヴェーダ)で用いられてきた薬用植物、インドネシア・マレーシアなどで用いられてきた薬用植物、それにアメリカ大陸の先住民が用いてきた薬用植物に分類されるようである。古今東西を問わず、先人の努力と経験により、薬用植物の効果・効能の認識は驚くほど似通っているといわれている。
薬用植物は、野生のものを採取・活用する方法もあるが、生薬として用いる場合には品質にばらつきが生じるため、栽培するのが一般的である。採取時期は植物ごとに異なり、全草や花を使うものは花期、果実や種子を使うものは完熟期、根や根茎を使うものは地上部が枯れた後に採取するのがよいとされている。採取後の加工については、乾燥前の蒸気、湯通し、消石灰による処理、乾燥、皮去り、芯抜き、虫害を受けやすい植物には燻蒸を行う。また流通の段階では、脱酸素素材や窒素などの封入、真空包装などにより品質を保持する作業が必要である。乾燥など一次加工を施した薬用植物は集荷業者に渡し、その後は卸業者(輸出入業務を兼ねる)へ向けられる。医薬品メーカーは、購入した生薬を切断・粉砕・加工した後に医薬品としての検査を行い、薬局や病院などで販売される。なお、生薬の規格や取り扱い方法、生薬の製造などについては、各国で公的な規準が定められている。
それでは、わが国の薬用植物の現状はどうなっているのか。薬草栽培の面積は拡大傾向にあるものの、原料生薬の自給率は12%に過ぎず、残りの88%は輸入品である。輸入はこれまで中国に大きく依存してきたが、経済成長により中国産の価格が高くなってきたため、国内栽培を増加させるか、安価で良質な生薬原料を中国以外の他の輸入先に求めるしか方法がなくなってきた。そうかといって、わが国が栽培面積と生産量をさらに増加させるだけの条件が整っているかといえば甚だ心許ない。わが国では、漢方エキス製剤とその原料生薬に日本薬局方に基づく品質規準があり、また健康保険が適用される漢方エキス製剤には薬価が定められている。品質規準を満たす原料生薬を、このところ低下傾向が続いている薬価のなかで、はたして確保できる保証があるのだろうか。
確かに労働力不足を背景とした機械化や省力化栽培技術の確立、医薬品原料に適した成分含量をもつ品種の育成、失われつつある在来種苗の収集と保存および利用、薬用植物を利用した生物農薬の登録、豊かな知識や経験を有する技術指導者の育成などにより、生産量を増加させる余地はあるかもしれないが、薬価が低下を続けるなかでは栽培農家の収益性向上になかなかつながらない。
本格的な高齢化社会に突入し、体に穏やかな漢方薬に対するニーズは旺盛であるが、薬価を上げれば健康保険の財政負担と使用者の支払いが大きくなる。
矛盾をはらんだわが国の生薬市場であるが、目を海外に転じて中国以外の国から生薬原料を現行の薬価を基準にして輸入すれば、国内市場を満たす可能性が広がる。同様のことは、供給が不足して薬価が上昇している中国市場にもいえることであり、第三国からの供給増加に大きな期待が寄せられる。
国際協力支援の一環として、ミャンマー・カレン州で取り組む薬用植物の供給増加とその販売拡大を目指す開発プロジェクトは、同州の貧困農家の所得向上と日本や中国の需要充足というウィン・ウィンの関係を築くことに大きく寄与するであろう。
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